沖縄の神社☆ご利益
 沖縄の神社 沖縄にも神社、お宮と呼ばれる場所があり、正月などには多くの人々が参拝に訪れる。だが、沖縄にある神社と本土の神社を比べると、何か違う雰囲気がある。そう感じられる要因としては様々な事が考えられるが、やはり沖縄がたどってきた歴史や文化そのものが、本土とは異なることが一番の要因ではないでしょうか。

沖縄の神宮

沖縄の神社          沖縄県神社庁Webサイト
本島南部 1      沖縄県神社庁(波上宮)サイト
波 上 宮 所在地 電話
那覇市若狭1丁目25番11 那覇空港から一般道で20分 098-868-3697
琉球八社のひとつ。波上宮の鎮座する那覇市若狭の海岸に突出した断崖部は「花城・端城(はなぐすく)」と呼ばれ、壁面の中腹に小洞穴があり、そこから古い人骨が発掘されていることから、先史時代の墓地であったと考えられる。「沖縄大百科事典」より。祭神は、熊野権現で琉球にも早くから本土の神がもたらされ、すくなくとも王府によって信仰されていたことが考えられる。本殿は、1923年(大正12)に日本の神社建築様式である神明造りに改築され、琉球神社建築としての特質は失われている。  地図リンク
主な祭神 伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 速玉男尊 (はやたまをのみこと)事解男尊 (ことさかをのみこと)
神社系列 熊野神社
祈願 所願成就・良縁祈願・安産祈願・家内安全・海上安全・厄除・五穀豊穣・大漁祈願・悪縁消除
備考 琉球八社


                      沖縄県神社庁(沖宮)サイト

沖 宮 所在地 電話
那覇市奥武山44 那覇空港から一般道で15分 098-858-8977

国家安穏、護国豊穣、陸海交通安全の神、船玉神として歴代琉球王を始め、庶民に尊崇された。明治41年那覇港築港の為、字安里に遷座。昭和10年国宝に指定されるも第二次大戦で焼失。戦後、沖宮創始の御祭神、即ち霊木の根は奥武山天燈山御嶽と神事を受け御神慮により昭和36年に通堂町に仮遷座、昭和50年8月現在地に遷座。(境内の説明書きより)
祭神は、波上宮と同様熊野権現が祀られ、「為令救度一切衆生」として、琉球王国のすべての民衆を救うため現れたものとされている。  地図リンク
主な祭神 天照大神,天龍大御神,天久臣乙女王御神,伊弉册尊,速玉男尊,事解男尊
神社系列 熊野神社
設立目的 民衆救済、航海守護
備考 琉球八社

                         沖縄県護国神社Webサイト

沖縄県護国神社
所在地 電話
那覇市奥武山44 那覇空港から一般道で15分 098-857-2798
御祭神は郷土関係靖國の御英霊をはじめ、先の大戦にて郷土のため敢然と立ち向かわれた郷土出身軍人軍属並びに、沖縄方面作戦にて殉ぜられた本土出身の御英霊を合祀するほか、戦争の犠牲となられた一般住民、遭難学童及び文官関係戦歿者のみたま、合わせて十七万七千九百十二柱をお祀り申し上げている。(Webページより)  地図リンク
主な祭神 郷土出身の戦没者、本土出身の殉難者、戦争の犠牲となった一般住民、遭難学童、及び文官関係戦没者
神社系列 護国神社
祈願 家内安全、厄払い、七五三、交通安全、会社祈願、初宮祭、安産祈願、合格祈願、その他
備考


                       沖縄県神社庁(沖縄神社)サイト

沖縄神社
所在地 電話
那覇市首里鳥堀町 5 那覇空港から一般道で30分 098-868-3697

沖縄神社の拝殿は、むかし旧首里王城の後方にあったが、第二次大戦で米軍の集中砲火を受け地形も変わり廃墟となった(現在は首里城公園)。
昭和35年、首里在住の有志を中心に神社の再建を申請、翌年の昭和36年には首里支所所長や自治会会長らの手によって、那覇市首里鳥堀町の弁ヶ嶽に沖縄神社仮神殿が造営された。復帰の年の昭和47年には神社本庁包括となり、翌年12月に宗教法人沖縄神社として認証された。現在毎年1回同地で例大祭が行われている。  地図リンク
沖縄神社の地図  
主な祭神 舜天王、尚円王、尚敬王、尚泰王、源為朝
神社系列
祈願
備考

沖縄県神社庁(安里八幡宮)サイト
安里八幡宮 所在地 電話
那覇市安里3-14-14 那覇空港から一般道で30分 098-863-8716
第一尚氏最後の王尚徳(1461〜1469年)が喜界島遠征(1466年)の際に設立したものとなっている。祭神は、沖縄で唯一の八幡神であり、「護国霊験神也」として国家を護る霊験あらたかな神だとされています。  地図リンク
主な祭神 応神天皇、神功皇后、玉依姫命
神社系列 八幡宮
設立目的 戦勝祈願
備考 琉球八社


沖縄県神社庁(天久宮)サイト

天久宮 所在地 電話
那覇市泊3-19-3 那覇空港から一般道で35分 098-

設立は、1465〜1487年頃と考えられています。「琉球国由来記」によると、むかし銘苅村(現那覇市)の銘苅翁子という者が、隣村の天久村で不審な法師と女人を見て、その行動を観察して首里王府に報告した。王府はその虚実を確かめたのち、社殿を造営したところ、「自分は熊野権現で衆生利益のため顕現、女人は国家の守護神、弁財天である」との神託があったとされ、それが天久宮の始まりと考えられているようです。  地図リンク
主な祭神 伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 速玉男尊 (はやたまをのみこと)事解男尊 (ことさかをのみこと)
神社系列 熊野神社
ご利益
備考 琉球八社

沖縄県神社庁(識名宮)サイト

識名宮 所在地 電話
那覇市繁多川4-1-43 那覇空港から一般道で40分 098-853-7225
「琉球国由来記」によると、「当時病気であった尚元王(1556〜1572年)の長男久米具志川王子朝通の病気回復を祈願したところ、霊験あらたかであったので資銀を棄捐(きえん)して社殿を建てた。また回復祈願を行った大阿母志良礼をそのそばに住まわせ女神官として社殿を守らせた。それが後に官社として格付けされ王府の保護を受けるようになった。」と記されている。
地図リンク
主な祭神 伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 速玉男尊 (はやたまをのみこと)事解男尊 (ことさかをのみこと)
神社系列 熊野神社
ご利益 健康祈願 縁結び 子宝
備考 琉球八社


沖縄県神社庁(末吉宮)サイト

末吉宮 所在地 電話
那覇市末吉町1-8 那覇空港から一般道で40分 098-868-2717

設立は、尚泰久御世(1454〜1460年)の頃とあることから15世紀中ごろかと考えられる。社地は、切りたったけわしい山嶺部で、人の足が及ばない霊地とされている。それは他の社が海岸部や市街地近くの洞窟に位置しているのとは異なり、山岳に位置し他とは異なった様相を持つもので、そこに本土の山岳信仰との関連が観られるのではないかと考えられています。  地図リンク
主な祭神 伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 速玉男尊 (はやたまをのみこと)事解男尊 (ことさかをのみこと)
神社系列 熊野神社
設立目的 心願成就
備考 琉球八社


沖縄恵比須神社サイト

恵比須神社 所在地 電話
那覇市字安謝251 那覇空港から一般道で30分 098-861-6700

恵比須神社は沖縄県那覇市に鎮座する神社である。 琉球八社・沖宮の先代宮司によって創建された。社名は恵比須とついているが、御祭神は天照大神。 社殿の下は洞窟があり、また同神社の本殿付近は昔、処刑場であった。平敷屋朝敏らもここで処刑された。Wikipedia
地図リンク

主な祭神 天照大御神
神社系列 沖宮
ご利益
備考


出雲大社沖縄分社サイト

出雲大社沖縄分社 所在地 電話
那覇市古島1-16-13 那覇空港から一般道で35分 098-885-0346

出雲大社沖縄分社は沖縄県那覇市古島に鎮座している神社である。出雲大社の正式な分社であり、国内最南・西端の出雲大社の分社である。Wikipedia
地図リンク

主な祭神 大国主大神
神社系列 出雲大社
ご利益
備考

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