沖縄の観光 南部

   沖縄の観光

沖縄の観光ガイド

沖縄の観光
南部
沖縄の観光といえば、やはり綺麗な海でダイビング、ゆったりと流れる時間の中で自 然を感じ心を癒す…といった感じであろうか。しかしここ沖縄は他府県とは違った文化、歴史が多くある。特に南部には戦争時の悲惨な過去を忘れてはいけない、同じ過ちを二度と繰り返してはいけない、平和を追い求める姿を多くみる事ができる。
沖縄に観光に来た際には、沖縄の過去の姿をもぜひ見て欲しい。

平和の礎
「命どぅ宝」とは、命というものは最高の宝物であるという意味である。沖縄の小中高校で平和学習をする時に必ず耳にする言葉であり、そして沖縄のおばぁ、おじぃがよく使う言葉である。沖縄は歴史の中で命の尊さ、平和の大切さを学び、それを国内のみならず、海外すべての人々へ伝えようとしている。
平和の礎は、国籍、軍人、民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなったすべての人の氏名を刻んだ記念碑であり、沖縄の平和のこころを世界に伝える役割を果たしている。
沖縄の観光に来た際にはぜひ平和の礎まで足を運び、沖縄の平和の心を感じ取って欲しい。


平和記念資料館
第二次世界大戦で、米軍が沖縄に上陸し、激しい地上戦が繰り広げられている中、沖縄の中等学校の生徒たちが動員され戦場に送りこまれた歴史がある。
そのなかで有名なのが「ひめゆり学徒隊」である。
ひめゆり学徒隊は、沖縄師範学校女子部、沖縄県立第一高等学校の女生徒たちであり、南風原の沖縄陸軍病院に従軍看護婦として動員されたが、生徒、教師合わせて136人がこの戦争で命を奪われた。
平和記念資料館には、ひめゆり学徒の記録、遺品、生存者の証言、資料などが展示されている。
右の写真は平和記念資料館に併設されている平和祈念堂。
 



ひめゆりの塔
 
沖縄戦で従軍看護婦として犠牲になった「ひめゆり学徒隊」の慰霊塔である。




旧海軍司令部壕

旧海軍司令部壕は、太平洋戦争中、沖縄方面根拠地隊司令部のあったところである。地下壕には、司令官室・幕僚室・作戦室等がそのまま保存されており、内部を見学することができる。
戦争時、旧海軍部隊はこの地を守るため、アメリカ軍と激戦を繰り広げた。しかし、昭和20年六月に力尽き、司令官は壕内で自決。4000人の兵士が命を落としたといわれている。



白銀堂


糸満にある御願所。漁民の航海の安全と豊漁を祈るため、旧正月には賑わいをみせる。
白銀堂には隆起珊瑚があり、ここには「意地が出たら手を引け、手が出たら意地を引け」という沖縄の諺にまつわる伝説がある。


幸地腹門中墓(こうちばらもんちゅうばか)

糸満の旧家、幸地家一族の共同墓である。
沖縄では、祖先を崇拝し、亀甲墓など立派で大きい墓が多く存在するが、この幸地腹門中墓は特に規模が大きいことで有名。ここには2500人の人々が葬られている。敷地内には、本墓と四つの仮墓があり、亡くなった後その墓に入るためにはさまざまな厳しい条件があるらしい。




受水・走水(うきんじゅはいんじゅ)

玉城村にある二つの泉である。
稲作発祥の地といわれている。
「琉球国由来記」によれば昔、アマミキヨがニライカナイ(海の向こうの理想郷)から稲の種を持ってきて玉城親田、高マシノシカマノ田に植えたといわれている。
この地は東御廻いの排所として霊城となっており、旧正月には田植えの行事「親田御願」が行われている。






知念城跡


「おもろ」のなかで、神が初めて祈りを始めた城といわれている。
二つの城から成り、城からは、神々の島「久高島」を望むことができる。


玉城城跡
玉城村玉城に位置する。
 伝説では、沖縄の始祖アマミキヨが築いたといわれている。島尻郡誌によれば城主はアマミキヨの子孫、天孫子であった。と記述されている。
 城跡は、一の郭、二の郭、三の郭の三つの郭からなる段階状の山城で天然の要害の地に築かれている。
 城壁は一の郭のみ原型をとどめており、二の郭と三の郭の城壁は、戦後、米軍基地建設の骨材用として持ち去られ、現在はかろうじて根石が残るだけである。
 一の郭は、自然岩をくりぬいた城門(左の写真)を構え、城内には「天つぎあまつぎの御嶽」が祀られている。


糸数城跡
玉城村糸数に位置し、沖縄本土復帰と同時国指定の史跡となった。
南部の城跡のなかでも、城壁の石積みや城構えが群を抜いて優れているといわれている。


斎場御嶽(せーふぁうたき)
 

琉球王国最高の聖地。琉球民俗の祖アマミキヨが国はじめに造った 七御嶽の一つと言われている。
 御嶽には六つの神域があり、写真は、そのうちの一つ三庫理(さんぐーい)である。
この三角形の空間を進むと、海の向こうに神の島 と言われる久高島を望むことができる。


 

豊見城城址公園
沖縄が三つの大きな勢力に分かれていた三山分立時代(1314年〜1429年)、南山王の一族である豊見城按司(領主の意)の居城跡。那覇の市街地が眼下に広がり、ここから眺める夜景も見逃せない。

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