沖縄の観光 那覇市

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沖縄の観光ガイド

沖縄の観光 那覇市

国際通り (那覇市牧志 )国際通り商店街振興組合 098-863-2755

沖縄の観光案内としてまず紹介したい場所は、国際通り沖縄に訪れる観光客は、必ずといっていいほど国際通りを歩き楽しんでいる。

那覇市のメインストリートで、パレット久茂地前から安里三叉路まで一・六キロの繁華街。戦後まったくの焼け野原から、またたく間に目ざましい復興をとげたために、別名“奇跡の一マイル”とも呼ばれている。

戦前は、那覇港や泊港近辺が那覇市の中心部であったが、戦後米軍に占拠された為、旧県道側に人々が住みつき、市場ができ、商店がたちならび、にわかに銀座なみの大通りに発展して、メインストリートの座を占めている。戦後の混乱期から自然発生的な状況のもとに発展してきただけに、道路も狭くラッシュ時には交通の混雑ぶりもたいへんなもの。
本土復帰前は、時計・貴金属・万年筆などの外国製品の商店が多く軒をつらね、横文字の看板が並び、国際色も豊かであったが、復帰後は民芸品や郷土物産などの店も多くなり、郷土色も豊かになっている。
パレット久茂地前より 安里川蔡温橋で撮影


平和通り

那覇市の国際通りから壷屋町へ通ずる約350mの市場通り。お土産品店・化粧品店・日用品店・衣料品店・靴屋・果物屋とありとあらゆる店が立ち並びバラエティーに富んでいる。
道のなかほどから南は牧志公設市場になっている。この通りは網目のような迷路になっておりあり、うっかりすると方向感覚を失って見当違いの場所へ出てしまうこともある
戦前はガーブ川を抜ける畑中道の一部で居住地としては不適な湿地帯であったが、戦後米軍により旧市街が立入禁止になったことからバラック集落ができ、1948年頃には開南付近にあった闇市場が移設しテント小屋の公設市場ができ、たちまち発展したとのことである。
平和通り 桜坂劇場 レトロな「桜坂」



牧志公設市場(那覇市松尾2-10-1)098-867-6560

豚の顔の皮(チラガー)、豚足(アシティビチ)、グルクンなど色とりどりの魚、大きな夜光貝など沖縄でしか見られない食材がすらりと並ぶ。1階で買った食材を2階で調理して食べさせてくれる食堂がある。ゴーヤーチャンプルー、沖縄そばなどの郷土料理も揃っている。
市場の外側には、ゴーヤーやパイナップルなどの青果や花卉の露店もある。



壷屋
(那覇市壷屋 )

平和通りのアーケードを南に抜けると、閑静な住宅街へでる。少し歩くと、やがて白い琉球石灰岩の石畳道が見えてくる。ここが陶工の町の中心となった壷屋だ。メインストリートとなる壷屋やちむん通りには、南窯のほか、製陶所、陶器販売店が軒を連ねている。

戦後の那覇市の産業は、陶器の生産から始まり、今日の那覇市への発展の礎となった。500年の伝統をもつ琉球陶器は、沖縄の手工芸として代表的なものの一つで、その本拠が壷屋である。壷屋焼きが内外で広く評価を受けているのは、古い伝統と風土の中で磨かれてきた重厚さが、素朴で巧まぬ技法のもとに生み出されて、沖縄の人々の生活のにおいを感じさせるせいでしょう。


崇元寺石門(那覇市泊一丁目)

崇元寺は、昔は霊徳寺と称され、舜天王以下琉球王歴代の霊を祀ってあった。大部分が戦災を受け破壊されたが、門前の下馬碑(重文)は戦災 を免れており、その石碑に「大民嘉靖六年建立」と中国年号で記されてあるところから、崇元寺も1527年頃建てられたものといわれている。独 創的な建築で、沖縄のすぐれた石造建築物の中でも異彩を放っている。


福州園(那覇市久米二丁目29-19)098-943-6078

久米村は中国帰化人の居住地だった。
福建省から約30人が帰化永住した。彼らは造船やの船頭、公文書の作成などに貢献した。中国とは五百年間にわたる朝貢・冊封の親交関係にあった。那覇市と福州市は友好都市を結び、その十周年と、那覇市の施行七十周年の記念事業として「福州園」が造園された。福州産の資材を用い、福州市が設計して木造物・石造物を加工し、四季の景色をイメージして造った中国式庭園である。



首里城公園(那覇市首里金城1-2)098-886-2020

公園内には、守礼の門・歓会門・円鑑池・龍譚池・園比屋武御嶽などがあります。古都首里の自然や風土が満喫でき、歴史や文化を感じ取ることのできる公園です。


守礼門

琉球王朝時代の建築文化を代表する建造物の一つ。戦前は国宝に指定さ れていたが、第二次大戦で戦火をあび、現在の門は昭和33年に復元され たもの。門の扁額には「守礼之邦」とあり、これは“平和主義の国”を 意味するとも解されて、常に政治的には複雑な位置に置かれてきた沖縄の人々の心のシンボルであるともいえよう。


園比屋武御嶽(そのひやんうたき)石門 

守礼門から30メートルほどのところにある。琉球文化のすぐれた石工技術を伝える石造建築物で、戦前は国宝に指定されていたが、戦火をあび、戦後復元された。御嶽とは拝所・聖所の意味で、国王が旅立つときの平穏祈願所である。



弁財天堂(べざいてんどう)

円鑑池の中島に建てられた小さな御堂。もとは第一尚氏の尚徳王時代に、朝鮮王李珠から贈られたという方冊蔵経を納めるために建てられた。

龍潭池

龍潭池は首里が王城の池となった15世紀初め、尚巴志王時代に掘られた池である。琉球王はこの池に爬竜船を浮かべ、中国から詔勅をたずさえてくる冊封使をもてなした。


玉陵(たまうどん)(那覇市首里金城1-3)098-885-2861

第二尚王家歴代の墓陵。文亀元年(1501年)に尚真王が父の遺骨を改葬するために建てた。沖縄独特の石造りで、王家の墓にふさわしい豪壮なかまえだ。中門をくぐると家型の3つの墓がある。中央に洗骨前の遺体 をおさめ、左側には洗骨後の王、右側には王妃・王子・王女の遺骨が安置される。


金城町の石畳道(那覇市首里金城町2丁目・3丁目)

首里金城町の石畳は、石灰岩で敷き詰められ、その道に沿って赤瓦屋根の家々が立ち並び、古都の面影をとどめ、沖縄独特の美しさがあります。


識名園(那覇市字真地421-1)098-855-5936

1800年頃、尚温王の時代につくられた首里の尚家の別邸。敷地が広く室町時代の心字方式作り方になっている。中心には池があり、その東西に2つの中島がある。その島と陸には、中国風の石の橋がかかっている。 


沖縄県立博物館・美術館(那覇市おもろまち3丁目1番地1号)098-941-8200

那覇市新都心地区にある。
以前は、那覇市首里の首里城付近に県立博物館としてあったが、2006年に3月に閉館。老朽化により新都心に移設することになった。


国立劇場おきなわ(浦添市勢理客4丁目14-1)098-871-3311

平成16年に浦添市勢理客に開場した。
沖縄の伝統芸能の保存、継承を目的とし、組踊、琉球舞踊、琉球音楽等の定期公演等を行い、広く一般に沖縄伝統芸能を鑑賞する機会を提供している。

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