沖縄の歴史

   沖縄の歴史

琉球王国

【琉球王朝はいつ誕生したのか】

琉球王国は察度〈さっと〉王、(1350年〜1405年)の時代から始まる。
察度王は、宜野湾市の森の川「羽衣伝説」にもあるように、天女と奥間大親との間にできた子供といわれているが・・・・?琉球の歴史は永きにわたって神話と伝説のなかに埋もれている。

史実としての王統の始まりは、天孫氏を滅ぼした舜天王統(11871259年)といわれています。

森の川公園(宜野湾市)

【源為朝伝説】

<源為朝公上陸之趾>

舜天の父は1156年保元の乱で伊豆大島に流された源頼朝とされている。

為朝が上陸したと言われる運天港。伝説によると、為朝が沖縄に流れついたのが沖縄の今帰仁村の運天港といわれている。
運を天にまかせ流れついたので「運天」という地名になったとのこと。

運天港の裏山にある公園には「源為朝公上陸之趾」と刻まれた大きな石碑が建っている。

その後、為朝は運天港から沖縄本島の南部に移り住み、そこで大里按司の妹との間に子供を
もうけたが為朝の故国への思いは募るばかりで、ついに妻子を残し本土に去ってしまう。


「牧港テラブのガマ」 
                     
その妻子が帰りを待ちながら暮らしたといわれているのが、浦添市牧港にある「牧港テラブのガマ」です。帰りを待つ港から「牧港」(マチナト)なった。これが運天・牧港の地名の由来です。しかし為朝伝説には諸説ありいまだに謎のまま。

 伝説というのは謎めいたほうがおもしろいですよね。

<浦添テラブのガマ>

<伊祖城跡>

【伊祖城跡】

為朝の子供が最初の中山王「舜天」といわれている。

(舜天王統)舜天―舜馬順煕―義本 その三代目の義本王の後、中山王を引き継いだのが
英祖王です。伊祖城は英祖王が生まれた場所といわれています。また、太陽の子=てだこ 
と呼ばれ、今でも浦添市のシンボルになっています。








【浦添城跡】
当時の中山は、浦添城が拠点だった。ちなみに浦添という地名は、浦々=各地 襲う=支配                する、という意味の「うらおそい」が語源だといわれている。
浦添市には「浦添ようどれ」と呼ばれる英祖の墓陵があります。

<浦添城跡> <浦添ようどれ>

【三山時代】

そのころは、各地で按司たちの勢力争いが激しかった。近隣の按司たちを取りまとめ勢力を拡大するものがでてきた。察度王も琉球全土からみれば、有力按司(豪族)のひとつにすぎない。

中山、南山、北山この三つの勢力に分かれていた時代を三山時代と呼んでいる。


【佐敷上グスク】

 中山を征服したのが佐敷按司だった尚巴志です。佐敷上グスクは、尚親子の住居跡といわれている。その時、父の尚思招が中山王となった。これが第一尚氏王統の始まり。その後、尚巴志は、北山、南山をつぎつぎと攻め落としついに三山統一をなしとげた。これが琉球統一王朝の始まりです。

<尚巴志王遺跡碑文> <佐敷グスク> <つきしろの宮>

三山統一したとはいえ、まだ世の中は安定してはいなかった。各地に機会があれば自分が王になろうと企むものがまだまだいた。その為周辺を見張るために監視をおいた。

【今帰仁城、座喜味城】
北山征伐後、家来の御佐丸が今帰仁城に住み、北部の監視にあたっていたがその後読谷に新たに城を築き、周辺の監視にあたった。それが座喜味城。

<今帰仁城跡> <今帰仁城跡> <座喜味城跡> <座喜味城跡>


【御佐丸、阿麻和利の乱】【中城城】

<中城城跡>

ちょうどその頃、勝連按司の阿麻和利が徐々に勢力を強めていた。  

それに危機感をもった首里王府は、御佐丸を中城村に移し、阿麻和利の
監視にあたらせた。しかし、阿麻和利は、御佐丸が謀反を企てていると
首里王府に申し出て王の許しを得て御佐丸征伐のために中城城に攻め込んだ。
これが、御佐丸、阿麻和利の乱です。


御佐丸は相手が王府軍のため抵抗せずに自害したとのことです。

ちなみに時の国王、尚泰久の妃(きさき)は、御佐丸の娘でその王女が、
百十踏揚(ももとふみあがり)という阿麻和利に嫁いでいる。つまり阿麻和利は、
自分の妻の祖父を討ったことになります。

【第二尚氏王統の始まり】

その後阿麻和利は、首里王府も倒そうとしたがその企みが発覚し、王府軍にせいばいされてしまった。この企てを王に伝えたのが一説には妻の、百十踏揚(ももとふみあがり)ともいわれている。その後も王府内で王位継承をめぐって反乱があったり、国王の身勝手な政治に反発してクーデタがあったりといざこざが絶えなかった。

その後、王位に就いたのが尚円王です。ここから第二尚氏が始まるのです。

そのような時代を経て琉球王国は大きく繁栄していった。中国や東南アジアとの貿易で潤(うるお)い450年もの長きにわたり、さまざまな独自の文化が花開いたのです。














琉歌

「昔から今までぃ 世変わりやあしが 語てぃ守らなや 守礼の心」


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沖縄の歴史のあらまし

 1琉球王国の形成

 2.薩摩の琉球侵入

 3.新しい政治改革

 4.琉球処分・沖縄戦







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